むげんだい

main story






 香兵衛が今後の予定を話し、「では日曜日の朝に」とようやく解散になったのは、近場のファミレスで夕飯を一緒にとって外に出た時だった。日などとうに暮れ、春の夜の独特な肌寒さを感じる時間帯である。

 やっと解放されたとでも言いたげに、万莉は薄いショルダーバッグを肩にかけ直した。香兵衛にただひとり「ちゃん」付けで呼ばれた彼の外見は、女性と言われれば信じてしまうような中性的な顔立ちとすらりとした体型で、絵に描いたような美人であった。この街並みを歩けば道行く人が振り返るほどである。しかし、この会合に疲れきったのか、艶のあるサラサラの黒髪も心なしかくたびれてしまったようだ。

 香兵衛の話に積極的に参加しようとはせず、ずっと腕を組んだままだった彼は、決して不機嫌だったわけではない。バンドの話に乗り気ではないと言ってしまえばただそれだけのことであったが、彼には、この5人とつるんでいたくはない、もっと他の理由があった。しかし、真っ向から否定するほどの理由でもないし、異常に反対するのも間違っていると思っていた。また、正直面倒くさいと思っていた。
 彼らがいかに魅力的な人物で、一緒にいれば多少の面倒はあってもきっと楽しいだろう――そういったことを、6人を出会わせた香兵衛よりも、あるいは自分の方が良く知っているだろうと万莉は思った。人付き合いを面倒だと思っている自分がここまで付き合うだけでも珍しい。ただそれは、単純に彼らを一目見て気に入ったわけではない。その理由は同時に、つるんでいたくない理由でもあるのだが……。
 今後どうしたものか、と万莉が思案に暮れていると、背後から肩を叩かれる。嫌な予感はしていたから、振り返りたくはなかったが、そういうわけにもいかない。
「話があるんだが、いいか」
仕方無しに振り返ると、そこには万莉が今日知り合ったばかりの平介と稔が、神妙な面持ちで立っていた。夕飯の時の話では、彼らと新八の3人は高校時代からの知り合いらしいが、万莉にとっては今日知り合ったばかり・・・・・・・・・・の人間である。

 ――ああ、昔からこういう予感はよく当たる

「なんだい」
 顔色を変えずに万莉が問いかければ、平介はその眼光鋭く万莉を射すくめる。

「お前は、覚えているんだろう」

 前髪が触れ合うかと思うほどに、顔を寄せる平介。万莉はそれに微動だにせず、目を閉じてため息をついた。
「なんのこと?」
 目を開いて、万莉が平介の様子を伺う。平介はいかにも不満であるというように眉根を寄せ、さらに言葉を紡ごうとしたが、後ろで真継をからかって遊んでいた香兵衛が乱入してきたせいで、うやむやになってしまった。
「あんた、相変わらずっすね」
 話を中断されたことに対して稔が香兵衛に向かって悪態づくが、香兵衛はまったく気にしていないようだった。その隙に万莉は3人のもとをひっそりと離れると、平介に威嚇するように一睨みしてみせた。
 ――これは、警告だ。
 睨まれたことに気づいた平介が万莉を引き止めようとするが、万莉は捕まらないうちに駅の方へと去っていった。


「……確信されたかもしれない」
 改札を通ってホームまでエスカレーターで降りていく際、ぽつりと独り言をこぼす万莉。
 広い駅の中までは追いかけてこないだろうが、これから同居することになってしまった。いつでも追求される羽目になるに違いない。一緒に暮らすとはいえ、なるべく家には寄り付かないようにするか。それはそれで、香兵衛がうるさいのだろうな。

 今どれだけ考えても目下の解決にならないとわかった万莉は、面倒くさくなって考えるのをやめた。そうして、今日何度目かわからないため息をつくと、地下鉄に乗り込んだのだった。