むげんだい

main story






 逃がすまいと握られた腕を引っ張られながら真継が連れてこられたのは、学内の一角にある食堂だった。
「やめてください」と一言、腕を振り切って逃げればよかったのかもしれない。けれども、捕まえられてからここに至るまでの短い間でも、その人の横暴さと強制力を真継は十分に思い知っていた。人の波に抗うようにずんずんと進み、人にぶつかれば避けない方が悪いと言わんばかりに一瞥し、「困ります」と真継が足を止めても「僕は困らないし、むしろ幸せな気分だよ」と、意味不明な発言をして、ろくに取り合ってくれなかった。そしてそもそも、尋常ではない力で握られた腕を、非力な真継が振り切れるはずもなかった。結局、「美味しい紅茶をご馳走するから」という言葉に釣られる形で、ここまでついてきてしまった。

 ようやく腕を解放されたのは、食堂の隅の方で黒い丸テーブルを囲っている4人の人物を前にした時だった。
「5人目連れてきたよ! どう、可愛いでしょ! さっすが僕!!」
 なんの説明もしないまま連れてきて、彼は「5人目」と真継のことを指して言った。なんの話だろう、と真継は考えを巡らす。もちろん目の前の4人に見覚えはない。5人目? 5人って何、戦隊モノ? そんな馬鹿な。っていうかお茶は?

 間がもたない思いをして、真継は何とはなしに4人の様子を伺う。すると、彼らも真継と同じように唖然とした表情で真継を見つめている。それを見て、彼らも自分と同じようにして事情もよくわからないまま連れてこられたのだろうと理解した。ちなみに、その解釈が間違っていたと真継が知るのは、後々のことである。
「あの、すみません。どういうこと、でしょうか。ええと……まず、お名前を伺っても……?」
 悦に浸っている事の発端に恐る恐る真継が声を掛ける。横暴なこの人物の、名前すらも聞かされていなかった。
「僕はね、鶴見つるみ香兵衛きょうべえ。文学部宗教学科の2年。よろしく」
 先程までの態度とは裏腹に、無邪気に笑って握手を求める香兵衛を見て毒気を抜かれた真継は、慌てて差し出された手を両手で握り、もたもたと自己紹介をする。
「あ、えと、俺は経済学部2年生。浦和真継です。よ、よろしくお願いします……?」
 自分で言っておきながら、何に対してよろしくするつもりか疑問に思いつつも、香兵衛を含む5人にぺこりとお辞儀をしてみせた。
「みんなの紹介もしなきゃね。みんな僕のためにこの1週間で集まってくれた同志だよ! 左から、都筑つづき万莉ばんりちゃん、蓮田はすだみのるくん、戸塚とつか平介へいすけくん、瀬田せた新八しんぱちくん。えーと、蓮田くんだけ1年生で、あとみんな2年生ね」
 つらつらと香兵衛に言われるままに目線を動かすと、疲れた表情でため息をつく万莉、未だに目を見開いたままの稔、眼鏡越しに刺すような視線でこちらを見る平介、和やかな笑顔を浮かべる新八が目に入る。皆整った顔立ちであるという一点以外は、性格も服装も、なにもかもバラバラの印象を受ける。より一層何のために集められたメンバーで、どういった意味で同志なのか、何故自分が5人目なのか、真継にはさっぱりわからなかった。
「えっと……左から、つづきばんりさんで――」
 一度に紹介されては覚えきれるはずもなく、真継が香兵衛の言葉を反復して確認しようとする。しかし、またも香兵衛の手によって遮られてしまう。
「だーいじょうぶ、だいじょぶ! 名前なんてあとでいくらでも覚える機会あるから。それより……」
 言いながら香兵衛は真継を強引に4人と同じテーブルの席に座らせると、自分はそのテーブルの脇に立ち、叩くようにしてテーブルに両手を置いた。響く音に、5人どころか周囲の人間までもが注目すると、香兵衛は満足そうに一度頷いて、それはそれは綺麗な笑顔でこう言ってみせた。
「みんな今日からバンド『infinityインフィニティ』のメンバー! ありがとう! よろしく!」
 短くはあるが、真継の疑問を一掃するには十分過ぎる一言だった。つまりは、新しく結成するバンドのメンバーとして5人は集められたらしい。
 全ては至極自分勝手なこの男、鶴見香兵衛によって。